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新着情報 ―西美濃三十三霊場会からのお知らせ―

2017/06/14
平成29年6月現在、納経帳が完売しております。販売時期は未定です。
納経帳をお買い求めの方に対しまして、申し訳ございません。
2016/10/01
西美濃三十三霊場ホームページをオープンしました
横蔵寺

第01番 横蔵寺

西美濃三十三霊場第一札所である、横蔵寺(よこくらじ)は岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲神原にある天台宗寺院。山号は両界山、本尊は薬師如来。西美濃三十三霊場第一番札所。国の重要文化財を含む多数の文化財を有し、「美濃の正倉院」とも呼ばれる。紅葉の名所でもあり秋の行楽シーズンには特に多くの参拝客が訪れる。このシーズンに「横蔵寺もみじまつり」が開催されライトアップが行われている。

来振寺

第02番 来振寺

西美濃三十三霊場第二札所である、来振寺(きぶりじ)は、岐阜県揖斐郡大野町にある真言宗智山派の寺院である。山号は宝雲山。 本尊は十一面観世音菩薩(秘仏)。

金剛寺

第03番 金剛寺

金剛寺(こんごうじ)は、西美濃三十三霊場第三札所。約150年前の文政9年,小島村市場の内藤才兵という信仰心の篤い人が,慈母の菩提を祀るため,大師像を作り,同村の瑞岩寺に奉祀しました。
時は流れて大師像は,温良院第14代住職の請により,明治44年同村黒田の寺院に奉遷し帰依されましたが,その後また元の瑞岩寺に奉帰されました。しかし,養老の養老公園の守護と発展を願う人から弘法大師像のご安置を懇願され,大師像は再び瑞岩寺を離れることになりました。
ある日,神経痛で足腰が立たなかった人が日夜南無大師遍照金剛と一心一向に帰依されたところ,不思議なことに元の健康な体に戻り幸福な生活を送ることができたということがあったといわれ,その霊験あらたかな話を聞いて,お参りする人の数も増えていきました。
昭和14年,大師奉帰の縁から,再度瑞岩寺へ奉還されました。
信者の立木たまは長い間大師を一心に信心していましたが,ある夜夢枕に現れた大師の「市場は有縁の地なり,吾をその地に迎へよ」とのお告げに従い,昭和22年,内藤才兵有縁である市場にて大師をお迎えすることになりました。昭和33年には本堂が完成し,翌34年には入仏式が行われました。

月桂院

第04番 月桂院

 西美濃三十三霊場第四札場である、月桂院(げっけいいん)は、安藤守秋、氏家直元と共に西美濃三人衆の1人に数えられた稲葉一鉄の菩提寺。1581年、稲葉一鉄の妻が歿すると、翌年妻の旧宅を寺にして菩提を弔い妻の法名から月桂庵とした。1588年一鉄が歿すると同じく月桂庵に葬られた。

天喜寺

第05番 天喜寺

西美濃三十三霊場第五札場である、天喜寺(てんきじ)は、落ち着いた本堂と静かな庭園など禅寺特有の風格を備え、堂内には中興の定厳和尚の坐像や円空仏など文化遺産も多い。岐阜県大垣市上石津町にある臨済宗妙心寺派の寺院である。山号は瑞巖山。本尊は観世音菩薩である。

東光寺

第06番 東光寺

西美濃三十三霊場第六札場。東光寺にあるこの御本尊は昔から乳薬師と言われ、産後乳の少ない婦女子がこの薬師にお参りをし、甘露のような霊乳を授かったという言い伝えも残っている。

一心寺

第07番 一心寺

西美濃三十三霊場第七札場である、一心寺(いっしんじ)の寺院へは、竹藪の中を通る一本道で、見晴らしの良い境内へ出る。大石を積み上げて造る境内は、急に晴れて幽玄に見え、弁殻を塗った本堂と鐘楼が現れて、鐘楼台からは部落の点在する平野が見渡せる。本尊は、阿弥陀如来。 北アルプス槍ヶ岳開山で知られる播隆(ばんりゅう)上人が開祖となる寺である。正式には「播隆院一心寺」で、「ばんりゅうさん」の名で親しまれている。

善南寺

第08番 善南寺

西美濃三十三霊場第八札場である、善南寺(ぜんなんじ)は、本尊と共に本堂に阿彌陀如来 千手観音菩薩 不動明王の尊像も祀られる 下陣には西美濃の御詠歌の読み巻紙が置かれて居る お年寄りも少なくなり集う方は少なく成ったが 機会在る度に一時間以上もかかる御詠歌を歌うと云う。岐阜は桜の名勝 霞間の渓を下に見る山の中腹に建つ 本尊十一面子安観音は傳教大師の念持佛で胎内佛として祀ると云う 本尊幾度かの兵火又火災にも難を逃れ古い姿で近代まで続くといい、諸願成就霊験、これあらたかなりと崇敬される。

弓削禅寺

第09番 弓削禅寺

西美濃三十三霊場第九札場。弓削禅寺(ゆげぜんじ)は、八番・善南寺から北へ約5km、池田山麓の寺院群の中で最も標高の高いところにあり、すばらしい眺望が楽しめる。遠く頂に雪を乗せた伊吹山まではっきり見える境内で在る。花の里としても知られる弓削禅寺は、2万本とも言われるアジサイが特に有名で、6月頃は寺の中も外もアジサイに覆い尽くされる感があり、見応え充分。それ以外に春の桜、初夏のさつき、秋には紅葉と、自然を楽しむ絶好のスポットと言える。池が造られ水音が絶え間なく聞こえて参道の工事音も消える。

平安寺

第10番 平安寺

平安寺(へいあんじ)の開山のいわれは、応徳年間白河法開山西美濃三十三番霊場第十番札所。境内のサツキの古木の花盛りは美しく、全国の愛好家の中では有名なサツキである。遠くからは三重塔の様に見えるが、境内に入り二重と解る。精巧緻密な塔のレプリカである。木組みも本物そのもの彫り物も各所に施し、五重塔を建てる機会を無くした頭領が腕の確かな処を見せるために建てたという。台風にも耐えて建ち続けている。

瑞巌寺

第11番 瑞巌寺

西美濃三十三霊場第十一札場である、瑞巌寺(ずいがんじ)は、岐阜県揖斐川町にある臨済宗妙心寺派の寺院。周囲は水田にして参道が始まる 庭園の形を造り迂回して山門に着く。中程に老杉が立ち、開山杉と名付け、下は茶木の生け垣である。山門は土塀を持ち、正面に本堂、客殿、庫裏と続く。老木の茂る丘には白く土蔵が眩しく、本堂前は花の咲く庭園である。

観音寺

第12番 観音寺

西美濃三十三霊場第十二札場である、観音寺(かんのんじ)は、同じ揖斐郡でもただ一つ、旧春日村にある寺である。本尊は幕が垂れて御顔は拝見ならないが、金箔はまだ輝き、大きな御姿である。藩主の姫が眼病に罹り、夢の中で中山の観音を知り、何度か足を運び祈願したところ、治癒した。この観音像を姫に僧が藩主に恩を感じ、今の本尊を贈り、寺を再興したといわれている。

洞泉寺

第13番 洞泉寺

西美濃三十三霊場第十三札場である、洞泉寺(どうせんじ)は、山中の寺院であり、周囲は山が連なり大木の伸びる様は神秘的である。部落の上にある境内へは石段で登ると、すぐに本堂がある。三間の向拝は廣く鶴の蛙又を付けて建つが、木々の中にあり、鐘楼は老木の下にある横には地蔵の祠が三つ並び、裏山には三十三観音が並ぶ。

善学院

第14番 善学院

西美濃三十三霊場第十四札場である、善学院(ぜんがくいん)は、岐阜県安八郡神戸町にある天台宗の寺院である。正式名は神護寺善学院。山号は影向山。神護寺ともいう。
かつての日吉神社の別当寺であり、現在も日吉山王祭でも重要な役割を果たしている。
この地は、かつての比叡山延暦寺の荘園平野庄(平野荘)であり、延暦寺及び天台宗との関わりは深い。
本堂の地蔵菩薩像は小野篁作による像という。
 高い寶篋印塔を前に本堂があり、参道の中程に元三大師堂が大きく建っている。本堂御本尊は阿彌陀如来であるといい、右に聖観音菩薩を祀り、左に子安地蔵菩薩を祀っている。寶物を納める寶物堂が白壁で建ち見上げる鐘楼は芸術品である。

安國寺

第15番 安國寺

西美濃三十三霊場第十五札場である、安國寺(あんこくじ)は、伊吹山と麓の濃尾平野を一望出来る地桜の名所、霞間の渓の中に建つ寺院である。足利尊氏の制定した全國安國寺の一寺である。盛衰激しく、今は無住となり、茶畑の中に村人の手で本堂新しく造り、本尊を祀り維持される。
その昔、土岐一族の寺の僧、白雲は斉藤道三によって滅ぼされた土岐氏の仇を打つ事を心に誓い、夜な夜な斉藤城下にて人を切り、仇を打ち続けたが 何時の日か返り血を浴び、無念の死を遂げたといい、供養の五輪塔境内が残っている。

禅幢寺

第16番 禅幢寺

西美濃三十三霊場第十六札場である、禅幢寺(ぜんとうじ)は、JR垂井駅と関ヶ原駅のちょうど中間の北側山手・垂井町岩手に位置し、垂井駅からは北西に約4km、関ヶ原駅からは北東へ約5kmの所にある。ここは竹中氏の菩提寺で、戦国の名参謀として広く知られる「半兵衛重治の墓」がある。また同寺には、「小西行長の墓」もある。村の鎮守の横に境内はあり、山の麓に位置して山門新しく造られているが、竹中半兵衛の菩提寺で檀家はなく、方々に喜捨を願い造られた。

新善光寺

第17番 新善光寺

西美濃三十三霊場第十七札場である、新善光寺(しんぜんこうじ)は、十一面観音菩薩は中央の大きい厨子の中にありますが、扉が閉められ拝観出来ない。左右にもいくつかの厨子が置かれているが、扉が全て閉まっており、中央の厨子の扉中央には佛像が彫られ、金箔を張り、御前立佛かとも見える。境内の中央の本地堂の横に建っているのは、観音堂である。

妙応寺

第18番 妙応寺

西美濃三十三霊場第十八札場である、妙応寺(みょうおうじ)は、鍾乳洞が近くに在り石の美術館まであり、この町らしく本堂前には大きな春日型石灯籠が何対も立ち並んでいる。山門より鐘楼、庫裏と回廊で本堂を結び薬師堂、選佛堂と山門までも回廊で結ばれる山門前のサツキ枝伸びるが如く、整えられている。

明台寺

第19番 明台寺

西美濃三十三霊場第十九番札所である、明台寺(みょうだいじ)は、岐阜県大垣市墨俣町にある浄土宗西山禅林寺派の寺院である。 院の集まる寺町で在る。長良川の土手に木が高く茂る下に境内が在り珍しく見るのは根本から枝分かれ激しく拡がる銀杏で在る 東に向かい本堂が在り横には池が在り中の島には辯才天を祀る 墓地への入口も近くに在り石の大地蔵が立つ。山号は清光山。

天清院

第20番 天清院

西美濃三十三霊場第二十番札所である、天清院(てんせいいん)は、通称「呑龍閣天清院」「どんりゅうさん」と呼ばれている。呑龍大士(呑竜大士)は1556年から1623年、安土桃山時代から江戸時代初期の浄土宗の僧侶。武蔵の出身で、幼少時代林西寺・岌弁に学び出家、増上寺などで修業をした。武蔵八王子大善寺3世となり浄土宗檀林の基礎固めを行った。また徳川家康の命により上野国太田(群馬県太田市)に大光寺を建立。呑龍の生きた時代、その当時貧しさから堕胎の風習があったことに悲しみ、赤子を育てたことから「子育て呑竜さん」と呼ばれるようになった。
この天清院は明治時代に「呑龍大士」を勧請し、現在は「育児、健康、安産祈願」のお寺となった。天清院(てんせいいん)は、山門をくぐって初めの御堂が子育て呑龍大士を祀る本堂であり、山門前から大岩を置き、洞を造って地蔵を祀って寺院の幟を立て祈祷の声が今にも聞こえて来る雰囲気である。次に観音堂へは門を付ける別境内である。

安楽寺

第21番 安楽寺

西美濃三十三霊場第二十一番札所である、安楽寺(あんらくじ)は、通りから高い位置に山門が見え、趣き深い石段がある。石段の横は老木こそ見えないが、枝を払われた天に延びる木々の林である。本堂 庫裏と新しく見えるが本堂前には古い寶篋塔があり、枝振り見事な老木もある。

求浄庵

第22番 求浄庵

西美濃三十三霊場第二十二番札所である、求浄庵(ぐじょうあん)は、近くに流れる杭瀬川に御首が流れ来た不思議な御本尊如意輪観世音であると言われ、首から上の病にことさら霊験多いと言われている。本堂前に地蔵を置き入口の目印とした大銀杏の下には聖観音が高く立っている。

報恩寺

第23番 報恩寺

西美濃三十三霊場第二十三番札所である、報恩寺(ほうおんじ)は、岐阜県大垣市にある曹洞宗の寺院。山号は補陀山。寺院の前には柿ノ木の畑があり、此処への通りにリンゴ並木がある。境内に入れば地蔵が多く、露天もあったが、本堂前の水子地蔵は鐘楼に入っている。本堂前に老木が左右にある形を整えて大本堂を飾っている。本堂には圓空佛の薬師三尊等を祀っている。

大菩提寺

第24番 大菩提寺

西美濃三十三霊場第二十四番札所である、大菩提寺(だいぼだいじ)は、丘の上に櫻と楓の大木の枝で覆われた広い境内がある。入り口の梅林は蕾が白く膨らみ、一輪二輪と開き出している。本堂の棟瓦には金色で光る山号が養老山と触れ合う枝間から、眩しく見える青銅の観音菩薩が立ち、供華は金色の蓮である。

養老寺

第25番 養老寺

西美濃三十三霊場第二十五番札所である、岐阜県養老郡養老町にある真宗大谷派の寺院である。山号は滝寿山。「養老孝子伝説」の源丞内ゆかりの寺院であり、不老長寿に利益(りやく)があるという。多芸七坊の1つ。本尊は十一面千手観世音菩薩。本堂の左にある滝守不動明王堂は、養老の滝を修験の場とする孝行な樵が、岩の間から流れ出た酒を瓢箪に詰めて持ち帰り、父に飲ませたと養老の瀧に纏わる話は頗る多いが、織田信長の兵火の時七堂伽藍は焼き尽くされたが、瀧守不動明王十一面千手観音等佛像は養老の瀧に難を逃れたという。

善教寺

第26番 善教寺

西美濃三十三霊場第二十六番札所である、善教寺(ぜんきょうじ)は、静かな境内に水音聞こえる岩肌の下に池を配した庭を造り、木々を植え手入れをなしている。瀧を落とした側に地蔵を祀り、本堂横には十二支の守護佛を納めた御堂が建ち、大きな佛が並んでいる他に格式を感ずる鐘楼がある。

行基寺

第27番 行基寺

西美濃三十三霊場第二十七番札所である、行基寺(ぎょうきじ)は、岐阜県海津市にある浄土宗の寺院である。本堂前の岩から壽の泉、湧き出て水音を立てて、本堂横には岩より水流れて瀧となっている景色良い庭園がある。頂戴するお茶すこぶる美味なり、この地の月見の名所と聞き、境内よりの眺望箱庭を見るが如く、遠くには山並み見え頷ける。山号は臥龍山。別名「月見寺」、「隠れ城」、「お月見の寺」。行基入定の地の伝承がある。美濃高須藩藩主松平氏菩提寺である。本尊は大日如来。

宝延寺

第28番 宝延寺

西美濃三十三霊場第二十八番札所である、宝延寺(ほうえんじ)は、花崗岩の寶篋塔が文化財として保存され、周囲には五輪小石塔が数多く掘り出され並べられています。無住の観音堂とも言える寶延寺の本尊十一面観音菩薩は厨子の扉少し開けて立ち、右祭壇には等身大の観音は信者の手の様に見える。左は弘法大師である。

文殊寺

第29番 文殊寺

西美濃三十三霊場第二十九番札所である、文珠寺(もんじゅじ)は、通りには美濃観音札所の幟を立て裏通りへの案内の役目をしている。寺院はガラスの行燈を幾つか掲げ、御寶前と書いて御本尊を示したりして高く掲げて本堂前である。堂前には地蔵が三体祀られ生け垣で御堂を囲んでいる。

全昌寺

第30番 全昌寺

西美濃三十三霊場第三十番札所である、全昌寺(ぜんしょうじ)は、目新しい鐘楼門が建ち背の高い庫裏の横が本堂で在る。本堂前には石佛の横に地蔵の祠を置き別の所には稲荷を祀る山門から庫裏本堂と同じ壁で造り落ち着いた色であり安心感が心を落ち着かせる境内である。日本各地にある仏教寺院です。

明星輪寺

第31番 明星輪寺

西美濃三十三霊場第31札場である、明星輪寺(みょうじょうりんじ)は、金生山(標高217.1m)の山頂付近である寺院である。また、山となす奇岩は間に御堂を建て謂われ多く名が付けられる 初めに地蔵も祀る観音堂へ出るおぼろげに大きく御像が見え気持ちが引き締まる 此より奥深く虚空蔵菩薩を安置する本堂で在り岩場へと入る。岐阜県大垣市にある真言宗の寺院である。山号は金生山(きんしょうざん)。通称「赤坂虚空蔵」、「虚空蔵さん」、「こくぞうさん」。日本三大虚空蔵の一つという。(京都法輪寺、伊勢朝熊山金剛證寺、他の説もある)本尊は虚空蔵菩薩。洞窟(岩屋)の中にある彫刻。言い伝えによれば、役小角が彫刻したものという。

円興寺

第32番 円興寺

西美濃三十三霊場第三十二番札所である、円興寺(えんこうじ)は、観音札所の大小の幟籏で華やぐ寺院。本堂へは石段で登る境内であり、庫裏へは下境内から門をくぐり、南天が赤い実を誇り、水音の聞こえる境内で不動明王地蔵菩薩の祠が建っており、裏の杉林の緑は明るく日を受けている。 岐阜県大垣市にある天台宗の寺院である。山号は篠尾山。本尊は木造聖観音菩薩立像(国の重要文化財)。かつては山頂に存在していた。旧円興寺跡地には礎石が残り、源朝長の墓、源義朝、源義平の供養塔などが残る。現在の円興寺には源朝長の位牌や関わる遺品がある。

國分寺

第33番 國分寺

西美濃三十三霊場満願札所である、國分寺(こくぶんじ)は、門前から活気を感じる寺院で土塀に沿って灯篭が並び新しい仁王門で在る 仁王門には新しく彫られた仁王が立ち正面が薬師如来を祀る本堂で在り後ろ山には収蔵庫か高い位置に近代的な御堂が建つ 堂内は低く置かれる大きな薬師が目の前に迫り迫力を感じる。岐阜県大垣市にある仏教寺院で、高野山真言宗の準別格本山である。山号は金銀山。詳名は金銀山瑠璃光院国分寺。本尊は薬師如来。現在の美濃国分寺は江戸時代初期の再興。