※掲載内容は本特集リリース時期(2011年12月26日更新)の情報です。内容が変更となる場合がありますので、事前に必ずお問合せください。あらかじめご了承ください。
今年も早いもので、残すところあと数日となりました。
思い起こせば今年も一年さまざまな出来事があり「来年こそは良い年になりますように!」と思っている方も多いのではないでしょうか。
初詣と言えばもちろんご利益が気なるところですが、その他屋台があり大勢の人で賑わう場所なのか、それとも静寂に包まれてヒッソリとした場所なのかという情報を気にされる方もいるのではないかと思います。
今回は、西美濃地域の各市町にある主な「ご利益いっぱい!」の初詣スポットはもちろんの事、気になる屋台の有無も掲載しちゃいました!買い食いもよし!厳かに参拝もよし!皆さんの目的に合った参拝スポット探しに活用してくださいね。
思い起こせば今年も一年さまざまな出来事があり「来年こそは良い年になりますように!」と思っている方も多いのではないでしょうか。
初詣と言えばもちろんご利益が気なるところですが、その他屋台があり大勢の人で賑わう場所なのか、それとも静寂に包まれてヒッソリとした場所なのかという情報を気にされる方もいるのではないかと思います。
今回は、西美濃地域の各市町にある主な「ご利益いっぱい!」の初詣スポットはもちろんの事、気になる屋台の有無も掲載しちゃいました!買い食いもよし!厳かに参拝もよし!皆さんの目的に合った参拝スポット探しに活用してくださいね。
西美濃で参拝しよう!〜ご利益と縁起物
※初詣のピークや駐車場等については必ず各連絡先に確認ください
2012年の恵方は「北北西(北微西)」!
2012年の「恵方」は、「北北西」(「ほとんど北で、ほんの少し西」です)
大垣地域からほぼ北の方角といえば・・・谷汲山華厳寺と両界山横蔵寺です。
方角が気になる方はこちらで参拝してみてはどうでしょうか。
大垣地域からほぼ北の方角といえば・・・谷汲山華厳寺と両界山横蔵寺です。
方角が気になる方はこちらで参拝してみてはどうでしょうか。
【大垣市】大垣八幡神社
東大寺領だった14世紀半ばに建てられた神社で、現在は大垣市内の総鎮守とされています。
戦国時代の兵火で焼失しましたが、1647年(正保4年)に大垣城城主の戸田氏鉄により再建されました。
大垣市民の氏神として親しまれており、年末年始は露店がずらりと並びます。
戦国時代の兵火で焼失しましたが、1647年(正保4年)に大垣城城主の戸田氏鉄により再建されました。
大垣市民の氏神として親しまれており、年末年始は露店がずらりと並びます。
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【大垣市】御首神社
平安時代に承平天慶の乱で討たれた平将門が祭神。
平将門のさらし首が京都から関東へと飛んだとき、その首を神矢で射落とした場所であるといわれています。
首から上の願い事に御利益があると伝えられ、首から上の病気平癒をはじめ、学業成就や各種試験合格などが多く願われます。
平将門のさらし首が京都から関東へと飛んだとき、その首を神矢で射落とした場所であるといわれています。
首から上の願い事に御利益があると伝えられ、首から上の病気平癒をはじめ、学業成就や各種試験合格などが多く願われます。
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【大垣市】金生山明星輪寺
美濃赤坂の虚空蔵[こくぞう]は、三大虚空蔵のひとつで、「福徳知恵」の仏様として知られています。開運や商売繁盛などを祈願します。
1月12日と13日の「初こくぞう」は有名です。
また、十三参りの知恵や福徳を授かるために虚空蔵菩薩に参詣する「知恵詣り」でも有名です。
1月12日と13日の「初こくぞう」は有名です。
また、十三参りの知恵や福徳を授かるために虚空蔵菩薩に参詣する「知恵詣り」でも有名です。
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初こくぞう 1月12日〜13日
本尊「虚空蔵菩薩」の縁日は毎月13日ですが、年が変わり最初の縁日を「初こくぞう」と呼んでいます。明星輪寺は宵の虚空蔵とも呼ばれ、前日12日夕方からの宵参り参拝者も多くみられます。
また、甘酒の接待やよく当たるといわれるおみくじも有名ですよ。12日19時から行われる柴燈護摩[さいとうごま]では火渡りが出来ます。
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金生山の豊な自然の一端が収録されている金生山明星輪寺の四季「春・夏編」「秋・冬編」for Windows CD-R 2枚組を合計3名様にプレゼント!!締め切りは平成24年1月27日16時!とても素敵な写真集でしたよ(*^▽^*)
【大垣市】大神[おおみわ]神社
奈良県桜井市にある大神神社を勧請したもので、歴史が古く社格の高い神社です。
境内には幹の周囲が5メートルもある大きな杉の古木が立ち並び、鎮座1300年の歴史をもつ社。鎮守の森が荘厳な神域を創っています。
境内には幹の周囲が5メートルもある大きな杉の古木が立ち並び、鎮座1300年の歴史をもつ社。鎮守の森が荘厳な神域を創っています。
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【海津市】お千代保稲荷
日本三大稲荷のひとつと言われる「おちょぼさん」ことお千代保稲荷。
商売繁盛のほか家内安全や縁結び、合格祈願にもご利益があるとされていて、年間250万人以上の人が参拝している西美濃の名所のひとつです(^^)。年末年始だけでも約30万人の人が訪れる、岐阜県屈指の初詣スポットです。

商売繁盛のほか家内安全や縁結び、合格祈願にもご利益があるとされていて、年間250万人以上の人が参拝している西美濃の名所のひとつです(^^)。年末年始だけでも約30万人の人が訪れる、岐阜県屈指の初詣スポットです。

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【海津市】治水神社
宝暦治水工事(1754〜1755)の責任者、薩摩藩家老 平田靱負[ひらたゆきえ]を祭神とし、昭和13年(1938)に地元有志によって創建された神社です。
薩摩藩士が治水工事完成後に背割堤に植えた松が成長し、松並木となったものが千本松原となっています。
薩摩藩士が治水工事完成後に背割堤に植えた松が成長し、松並木となったものが千本松原となっています。
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【垂井町】南宮大社
鉱山や金属にかかわりの深いことで知られている神社。
杉の古木に囲まれた豪壮な社殿様式は独特の造りで、石輪橋[いしわばし]*、下向橋[げこうはし]*を前に楼門*や高舞殿[こうぶでん]*が縦に並び、回廊*など約20棟から構成されています。
勝負事に御利益があるとされているので入試必勝祈願に訪れる人で賑わいます。
杉の古木に囲まれた豪壮な社殿様式は独特の造りで、石輪橋[いしわばし]*、下向橋[げこうはし]*を前に楼門*や高舞殿[こうぶでん]*が縦に並び、回廊*など約20棟から構成されています。
勝負事に御利益があるとされているので入試必勝祈願に訪れる人で賑わいます。
(* は重要文化財)
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【垂井町】朝倉山真禅院
約1270年前に行基[ぎょうき]によって創建された天台宗のお寺です。通称「朝倉山」、「朝倉寺」と呼ばれており、春は桜、秋は紅葉の名所となる「美濃七福神霊場」のひとつです。
古くから霊験があると言われ、もと南宮大社の神宮寺でした。
南宮大社とともに、関ケ原合戦の際に炎上。徳川家光によって再建されました。
古くから霊験があると言われ、もと南宮大社の神宮寺でした。
南宮大社とともに、関ケ原合戦の際に炎上。徳川家光によって再建されました。
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【安八町】結[むすぶ]神社
小栗判官[おぐりほうがん]との結婚を父親に反対された照手姫が、この神社に再会を祈って結ばれたことから「縁結びの神」として知られています。阿佛尼の紀行文「十六夜日記」にも名が記されています。また織田信長が1575年(天正3年)長篠の戦いの際、7日間の戦勝祈願を行った神社としても知られています。
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【揖斐川町】谷汲山華厳寺
西国三十三箇所第33番札所で、「谷汲さん」と呼ばれて親しまれている天台宗のお寺。
御本尊として秘仏・十一面観音像が祭られています。
春は桜、秋は紅葉と、色々な表情を見せてくれる谷汲山華厳寺。冬の初詣ではまた一味違った雰囲気を味わう事ができます。
参道には多くの商店や露店がありますので、暖かい飲物を頂いて会話と散策を楽しみつつお参りに行ってみてはいかがでしょう。
御本尊として秘仏・十一面観音像が祭られています。
春は桜、秋は紅葉と、色々な表情を見せてくれる谷汲山華厳寺。冬の初詣ではまた一味違った雰囲気を味わう事ができます。
参道には多くの商店や露店がありますので、暖かい飲物を頂いて会話と散策を楽しみつつお参りに行ってみてはいかがでしょう。
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【揖斐川町】両界山横蔵寺
西美濃三十三霊場第1番札所であり、22体の国の重要文化財の仏像が安置されるなど貴重な文化財が多く、「美濃の正倉院」と異名を取る横蔵寺。
ここは200年前に即身成仏したという妙心法師の舎利仏(ミイラ)、そして紅葉の名所として有名です。
お参りする時には鮮やかな朱色が印象的な橋を渡り、寺門・三重塔・本堂・舎利堂(ミイラ堂)へと続きます。静かな参道を歩きながら一年を振返り、新年への気持を固めてみるのも良いと思いますよ!
ここは200年前に即身成仏したという妙心法師の舎利仏(ミイラ)、そして紅葉の名所として有名です。
お参りする時には鮮やかな朱色が印象的な橋を渡り、寺門・三重塔・本堂・舎利堂(ミイラ堂)へと続きます。静かな参道を歩きながら一年を振返り、新年への気持を固めてみるのも良いと思いますよ!
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【大野町】宝雲山来振寺
背後にある“白山”に黄色の雪が降るという現象が発生したことから黄降→来振となり、来振寺の名となりました。
1530年に洪水被害、更に1560年に織田信長の焼き討ちで伽藍は焼失しましたが、豊臣秀吉・徳川家康が朱印状を発行するなどして援助し、復興しました。
1530年に洪水被害、更に1560年に織田信長の焼き討ちで伽藍は焼失しましたが、豊臣秀吉・徳川家康が朱印状を発行するなどして援助し、復興しました。
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コラム・初詣つれづれ 〜前IAMAS学長 横山氏によるコラム〜
絵馬あれこれ
毎年、初詣に行って新しい年の干支の絵馬を求める方が多いのではないでしょうか。
絵馬(えま)は願い事を書いて納めて来るのが本来ですが、美しい柄のものは手元に置いて飾りたくなります。
絵馬は昔、雨乞いなどに馬を寄進する代わりに馬を描いた額を奉納したのが始まりと言われています。能の『絵馬』に、年頭に雨を求めるなら黒馬、雨が繁くないことを求めるなら白馬の絵馬を掛ける話が出てきます。それからさまざまな願い事や、それが叶った感謝を表現する絵馬が社寺に掲げられるようになりました。古いものには資料的な価値があり、それを保存する絵馬殿が設けられているところもあります。南宮大社は金属に縁のある神社なので、大会社が奉納した新しい額も飾られています。
また四国の金比羅さんや海と川の港近くの神社には、持船の絵を描いて航行安全を祈願した船絵馬(ふなえま)が奉納されています。江戸時代の和算の大家たちが、自らが発見した解法を誇示し、また難問を提示した算額も、絵馬の一種と言えるでしょう。明星輪寺には県の文化財になっているものがあります。
ところで絵馬はこの国だけのものではありません。
ずっと以前、まだユーゴスラヴィアが健在だったころに、アドリア海に面したかつての海洋国家、ドブロヴニクの博物館で、たくさんの船絵馬を見たことがあります。地元の聖堂に奉納されたもので、ほとんどが海難に遭ったとき、マリア様に祈って助かったことを感謝するものでした。港町マルセイユの聖堂にも、そうした船絵馬がいっぱい飾られています。

いま日本の社寺が用意する小さな絵馬は、大量生産品ではあるものの、柄に一工夫あるものが多くてコレクターズアイテムになっています。その上部が多く山型になっているのは、昔の絵馬に屋根が付いていた名残です。実は私も以前、気に入った絵馬を集めていました。一番好きなのは東大寺二月堂のもので、司馬遼太郎の『街道を行く』連載の挿絵を描いた須田剋太(こくた)画伯が、修二会(しゅにえ=通称お水取り)のときに須弥壇(しゅみだん)を飾る筒咲の椿の造花を一輪、描いています。京都の下鴨神社の葵祭の大ぶりの絵馬も、風流傘(ふりゅうかさ)の描写が美しくて印象に残りました。この近くでは、御神木が白玉椿の南宮大社の椿の絵馬が珍しい円形で、いくつもの花が配されてきれいです。
ところでこのポータルにも「コイコイ神社」が鎮座ましまして、絵馬に願いごとを書き込めるようになっています。またお正月には大垣市情報工房1階の絵馬コーナーで、絵馬に願いを記すことが出来ます。初詣に行けなかった方、あるいは欲張ってあちこち沢山、願をかけなくてはという方、ぜひこちらにお参りください。
東大寺二月堂の絵馬
須田剋太画伯(1906-60)筆のお水取椿
金刀比羅宮の絵馬
冷泉為恭=れいぜいためちか(1823-64)筆の駒迎図。
金刀比羅宮には為恭の作品がたくさん所蔵されており、これは彼が描いた絵馬を写したもの
東大寺の新年(申年)の絵馬
杉本健吉画伯(1905-2004)筆の猿の三番叟
絵馬(えま)は願い事を書いて納めて来るのが本来ですが、美しい柄のものは手元に置いて飾りたくなります。
絵馬は昔、雨乞いなどに馬を寄進する代わりに馬を描いた額を奉納したのが始まりと言われています。能の『絵馬』に、年頭に雨を求めるなら黒馬、雨が繁くないことを求めるなら白馬の絵馬を掛ける話が出てきます。それからさまざまな願い事や、それが叶った感謝を表現する絵馬が社寺に掲げられるようになりました。古いものには資料的な価値があり、それを保存する絵馬殿が設けられているところもあります。南宮大社は金属に縁のある神社なので、大会社が奉納した新しい額も飾られています。
また四国の金比羅さんや海と川の港近くの神社には、持船の絵を描いて航行安全を祈願した船絵馬(ふなえま)が奉納されています。江戸時代の和算の大家たちが、自らが発見した解法を誇示し、また難問を提示した算額も、絵馬の一種と言えるでしょう。明星輪寺には県の文化財になっているものがあります。
ところで絵馬はこの国だけのものではありません。
ずっと以前、まだユーゴスラヴィアが健在だったころに、アドリア海に面したかつての海洋国家、ドブロヴニクの博物館で、たくさんの船絵馬を見たことがあります。地元の聖堂に奉納されたもので、ほとんどが海難に遭ったとき、マリア様に祈って助かったことを感謝するものでした。港町マルセイユの聖堂にも、そうした船絵馬がいっぱい飾られています。

いま日本の社寺が用意する小さな絵馬は、大量生産品ではあるものの、柄に一工夫あるものが多くてコレクターズアイテムになっています。その上部が多く山型になっているのは、昔の絵馬に屋根が付いていた名残です。実は私も以前、気に入った絵馬を集めていました。一番好きなのは東大寺二月堂のもので、司馬遼太郎の『街道を行く』連載の挿絵を描いた須田剋太(こくた)画伯が、修二会(しゅにえ=通称お水取り)のときに須弥壇(しゅみだん)を飾る筒咲の椿の造花を一輪、描いています。京都の下鴨神社の葵祭の大ぶりの絵馬も、風流傘(ふりゅうかさ)の描写が美しくて印象に残りました。この近くでは、御神木が白玉椿の南宮大社の椿の絵馬が珍しい円形で、いくつもの花が配されてきれいです。
ところでこのポータルにも「コイコイ神社」が鎮座ましまして、絵馬に願いごとを書き込めるようになっています。またお正月には大垣市情報工房1階の絵馬コーナーで、絵馬に願いを記すことが出来ます。初詣に行けなかった方、あるいは欲張ってあちこち沢山、願をかけなくてはという方、ぜひこちらにお参りください。
東大寺二月堂の絵馬須田剋太画伯(1906-60)筆のお水取椿
金刀比羅宮の絵馬冷泉為恭=れいぜいためちか(1823-64)筆の駒迎図。
金刀比羅宮には為恭の作品がたくさん所蔵されており、これは彼が描いた絵馬を写したもの
東大寺の新年(申年)の絵馬杉本健吉画伯(1905-2004)筆の猿の三番叟
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