第四番札所 清光山 月桂院
寺院紹介
西美濃三十三霊場第四札場である、月桂院(げっけいいん)は、安藤守秋、氏家直元と共に西美濃三人衆の1人に数えられた稲葉一鉄の菩提寺。1581年、稲葉一鉄の妻が歿すると、翌年妻の旧宅を寺にして菩提を弔い妻の法名から月桂庵とした。1588年一鉄が歿すると同じく月桂庵に葬られた。その後、荒廃したが、1679年、彦根藩主井伊家が稲葉一鉄の恩義に感じて再興し、曹洞宗・月桂院とした。稲葉一鉄は土岐氏、斎藤氏、織田信長、羽柴秀吉に仕えた西美濃三人衆の一人で、筋を通す頑固な人柄から<頑固一徹>の語源となったといわれる。境内はよく整備され、羅漢像が旨く配置され、稲葉一鉄の息吹きを感じさせる。
基本情報
宗派 | 曹洞宗 |
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本尊 | 地蔵菩薩(聖観音) |
創建 | 伝・1581年(天正9年) |
開祖 | ― |
ホームページ | ― |
歴史
元々は天正9年(1581年)に一徹の奥方(西三条左大臣藤原公条の娘)が死去した為、湖南宗岳(南化和尚の法弟)を召還して旧邸宅跡に寺院を開山し、奥方の法名「弘徳院殿月桂周芳大姉」に因み少林山月桂庵と名付けられた。天正16年(1588年)、一徹が隠居城である清水城で死去し月桂庵に葬られると一徹夫妻お菩提寺として稲葉家の庇護となり寺運も隆盛した。慶長12年(1607年)、稲葉通重(一徹の孫)は京都の祇園で酒におぼれ、婦人に乱暴したなどの罪により改易となり、常陸国筑波に流罪になると月桂庵は外護者を失い、衰微した。延宝7年(1679年)、彦根藩(滋賀県彦根市)4代藩主井伊直興は井伊家と稲葉家の浅からぬ縁に月桂庵の荒廃に憂いを抱き、月渚舟和尚(大和国禅源寺住職)を召還して再興、臨済宗から曹洞宗に改宗し、寺号を月桂院に改め、境内を整備した。一鉄の陣鐘(梵鐘)は元応2年(1320年)に製作されたもので、全長97.6cm、内径46.9cm、銘「諸行無常 是諸滅法 生滅々己 寂滅為楽 平方伊駒社神宮寺鐘 元応2年庚申10月18日」、天正7年(1579年)に清水城の鎮守社として八幡宮を創建した際に領民から寄進され、城内の陣鐘として利用していたと伝えられている。梵鐘は年代が明確なものとしては、岐阜県第2位の古さとされ、昭和39年(1964年)に岐阜県指定重要文化財に指定されている。また、稲葉一鉄の墓域(稲葉一徹:法名:清光院殿一鉄宗勢大居士・貞通室:斎藤道三の娘、法名:秋江宗蓉大姉・一徹室:西三条左大臣藤原公条の娘、法名:弘徳院殿月桂周芳大姉・貞通後室:織田信長の妹、法名:繁渓永昌大姉)が昭和39年(1964年)に岐阜県指定史跡に指定された。
西美濃観音第4番札所(札所本尊:聖観音)。宗派:曹洞宗。本尊:地蔵菩薩。
交通アクセス
【アクセス情報】 | |
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住所 : | 岐阜県揖斐川町長良72 |
連絡先 : | 0585-22-2652 |
アクセス: |
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