第二十九番札所 白光山 文殊寺
寺院紹介
西美濃三十三霊場第二十九番札所である。
大垣城より鬼門(東北)にあり、1641年、大垣城鬼門除鎮護所として建立された。1891年濃尾地震後、再建の際に現在地に移転縮小された。
現在の本堂は第二次世界大戦後、再建されたものである。
本堂の中央に、大垣城主戸田家代々の守り本尊、文殊菩薩を安置している。脇侍に不動明王、鎮宅霊符神尊王、右側に聖観音を安置。
戸田一西公の願いにより、節分星供養を修し、星供養守護札を家中に納めた習わし以後、毎年節分には厄除開運無事息災星祭り供養を行なっている。
基本情報
宗派 | 高野山真言宗 |
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本尊 | 文殊菩薩 |
創建 | 寛永18年(1641年) |
開祖 | 滝澤秀賢 |
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歴史
大垣藩の藩祖、戸田一西公が武蔵国、鯨井の領主であった時に懇意となった瀧澤小源太という武士がその後出家して僧となり、近江国大津に移って弥勒院という寺で秀賢を名乗っていた。文殊寺の開祖である。戸田一西公が近江国膳所に移封された際に再会し、膳所城新築の地鎮祭を奉仕し、戸田氏鉄が膳所藩から尼崎藩へと移されると、その子秀尊も氏鉄に仕えて尼崎城及び大坂城工事の地鎮祭執行に奉仕した。1635年(寛永12年)戸田氏が大垣藩へ転封されると秀尊もそれに従った。1641年、秀尊の長男、正盛は文殊院を構えて大垣藩修験道の総取締に任ぜられた。
1870年、神仏分離令により境内の愛宕社を分離して愛宕神社とし、寺号を文殊寺に改めた。
(美濃大垣十万石太平記(上)より抜粋)
交通アクセス
【アクセス情報】 | |
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住所 : | 岐阜県大垣市錦町53 |
連絡先 : | 0584-78-5361 |
アクセス: |
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