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ひまわりからのメッセージ

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ひまわりからのメッセージ

白色で描く心模様

 久しぶりに二歳四ヶ月の孫と絵を描いて遊びました。仮死で生まれた彼は、視神経の弱さもあって二歳近くまで独歩できませんでした。色も自ら選ぶことをせず、私の手渡すペンで ぐるぐる丸を楽しんでいました。

 その孫の姿を見ながら、遠い昔の成人施設でのできごとを思い出しました。

 三十代のKさんは、自由時間には いつも長靴をはき、スコップを持って、あちこちの溝の土を掘って過ごす人でした。ことばを話さないし、目も合わせないKさんがどんな思いで生活しているのか知る術はありませんでしたが、唯一特徴的だったのは描画でした。Kさんの絵は白の画用紙に白のクレパスでぐるぐる丸を描くのです。若かった私には、それはKさんの心の投影に思われました。

 指導員として彼に必要な指導が何なのか、わからないままに一緒にスコップを持って行動することにしました。スコップを持ってあちこちするKさんについていくと、彼は拒むかのように私から離れていってしまいます。「待って・・・。」「一緒にやろう。」という状態がどの位続いたでしょうか。数ヶ月経った頃、彼は白い画用紙に、はじめて肌色でぐるぐる丸を描きました。そして、チラッと一瞥をくれたのでした。

 彼はその後まもなく亡くなり、もっと広がる色の世界を見せてくれることはありませんでしたが、私はその一瞬にKさんの心の変化を感じたのでした。若き日の私の錯覚であったのかもしれませんが、あの時、Kさんの心の中に何らかの変化があったのだと信じたのです。

 もしも今のように、幼い頃からのスマイルブックのようなものがあれば、Kさんへの関わりはもっと違っていたかもしれません。スコップを下げて前屈みに歩いていたKさんの姿を思いながら、今よりもっと相手を理解しようと思っていた遠い日の自分の原点に立ち還ろうと思ったのです。


2012.5.8 発行



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