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ひまわりからのメッセージ

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ひまわりからのメッセージ

ある追憶 〜一冊の本に記された母子の記録〜

 「母さん、ぼくが赤ちゃんの頃、子守り唄を歌ってくれたでしょう。ぼくは母さんの子守り唄で、ちゃんと眠ったよね。」

 このことばで始まる『言葉のない子と明日を探したころ』という本は、自閉症の英司さん(当時四十歳)とお母さんが追憶の形をとって著した本です。

 「あのね、ぼくは赤ちゃんだったから……音程が狂っていたかどうかわからないで毎晩眠ったんだよね。ものすごーい狂っていましたね。」と、この本は続きます。英司さんが生まれた頃は、まだ今のように自閉症についてわかっていませんでしたし、彼は自分の興味だけで行動する多動な子で、彼がことばで人と会話ができるようになったのは中学二年生の頃でしたから赤ちゃん時代の記憶があるなどとは、お母さんにも驚きだったようです。

 英司さんは、音を聴き分ける力も優れていて、二歳を過ぎた頃にはレコードを選び、ステレオの操作もできるようになっていたのに話しことばは全くなかったそうです。詩吟を唄い、讃美歌を正しく歌えたのに、話せなかったのです。英司さんは、度々いなくなったそうですが、それも後で、バス路線を調べていたことが英司さんとの会話で分かってきたのでした。

 私は、子どもたちを前にして、何故かこの本のことを思い出します。目の前のこの子のことを本当にわかっているのだろうか。この子の力を過小評価していないだろうか。きめつけていないだろうか。この子の力を引き出すのに、既存のものだけしかないと考えていないだろうか。自分のやり方が全てであると、過信していないだろうか……。

 脳性まひでことばもなく、理解力もないと思われていたMさんが、舌の出し入れでイエス・ノーのサインができたことで、とても多くのことばを知っていたと分かったこともあります。私達が視点を変えてみることで、子どもたちをより豊かな世界にいざなっていけるのではないでしょうか。今、目の前の子に何が必要なのかを見誤らないこと、多くの情報の中で、大人がきちんとした判断と柔軟な働きかけができることが何より大切でしょう。


2016.12.12 発行



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