天皇・皇后両陛下が来岐され、岐阜特別支援学校を訪問されたというニュースがあった。子ども達と笑顔で接しておられるお二人の姿をテレビで拝見し、十年前のことを思い起こした。
十年前、私は、肢体不自由のお子さんの療育に携わった者として、皇后さまゆかりの「ねむの木賞」をいただき、皇居で美智子皇后にお目にかかったことがある。その折、皇后さまは、障がいをもつ子ども達のことを「感性の鋭い子ども達ですから、その感性を大切にしてあげてほしい。」とおっしゃった。更に、私が短歌を詠むことに話題が及んだ折には、「子ども達のことをたくさん歌に詠んで、多くの人々に子ども達のことを知っていただけるように。」ともおっしゃったのである。それは私がまったく予期していなかったことばであったので、その時のことを折にふれて思い出すのであるが、子ども達の心に寄り添い目に見えない感性を感じ取るのも、感じ取る側の感性に負うところが多いと思うのである。
大人が鈍感になり、人の心や人の立場を思いやる心をなくし、自分のことしか考えなくなってしまった時、果たして子どもの感性を感じ取ることが出来るだろうか。子ども達の心の声を聴くことが出来るであろうか。
さて、今の私はどうなのかと我が身を振り返ると、忙しさにかまけてしまっている自分がいて、子ども達とじっくり向き合う時間すら持てていないことに気づかされる。初心忘るるべからずと今更ながらに心を引き締めたことであった。
折しもねむの木がほのかなピンクの花を咲かせ始める季節である。
2010.7.5 発行