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ひまわりからのメッセージ

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ひまわりからのメッセージ

母の日は感謝の日

 今日は母の日です。朝、四時に目覚めて、まっさきに亡き母のことを思いました。

 皆さんもきっとご両親のことに思いを馳せられた一日ではなかったでしょうか。今、自分がここに存在していること、それは先祖からずっと続いている命のバトンのお蔭なのですから……。

 でも、私は、母のことを思うと、同時に私を助けて下さった多くの人たちのことを思い出します。

 母が私を産んだのは、四十歳の時でした。若い頃に背椎カリエスを病み、私が生まれる五年前には長女を亡くしていました。お産は難産で、しかも弛緩性出血を起こし、産後五十日間も足腰が立たなかったと聞きました。母乳も満足に出ず、私は近所の方から、もらい乳をして育ちました。そして、母に代わって同じ村に住むおくらさんというお婆さんが私の子守りをして下さったのです。おくらさんの押す乳母車に乗せられて、私が行く先はいつもお婆さんの友達の家でしたから、幼い頃の私には、母の知らないお婆さん友達がたくさんありました。おくらさんがいない時でも糸車を回しているお婆さんや川で鍋底を洗っているお婆さんの横に座り込んでおしゃべりを楽しんだものでした。

 私はひ弱で、しょっちゅう高熱を出すような子どもだったので、高熱を出した私のために近所のお爺さんたちが大雪の中から万年青(おもと)の根を掘りおこして下さったこともあり、見知らぬ方が「この家に病気の子がいると聞いたから……。」と薬を届けて下さったこともありました。かかりつけのお医者さんは、「これだから一人っ子は困るんだ。」と笑いながら吾が家に泊って看病して下さったこともあったのです。

 思い返してみると、そういう方々のお蔭で、今の私はこうして生きているのです。誰も人は一人では生きて行けません。そして、今も私は多くの方々に支えられて、こうして仕事をしています。車のことも、パソコンのことも、私のSOSに応えて下さる方々がいて、そして誰よりも日々出会う子ども達、お母さん達、先生方が私に力を下さっているのです。

 庭に出てみると草々の中に都忘れの花が二輪咲き始めていました。母の好きな花でした。「お母さん、ありがとう、支えて下さってる皆さんありがとう。」今日は感謝の日でした。


2021.5.10 発行



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