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俳句文化を推進する「大垣市奥の細道むすびの地記念館」学芸員、山崎 和真さん(29)


「強みを生かした企画展を開いて
いきたい」と、語る山崎和真さん
 俳人たちから、多くの尊敬を集める江戸時代の俳人、松尾芭蕉(1644〜1694)。「旅の詩人」と言われるほど、多くの旅に出ている。芭蕉の『おくのほそ道』の旅でむすびの地となった岐阜県大垣市船町の川湊近くに建つのが「大垣市奥の細道むすびの地記念館」。山崎和真さんは「この記念館は、教育委員会、商工観光課、観光協会が力を合わせて運営しており、文化的な質を保ちつつ、一般の人にも馴染み易くなっている。さらに、大垣市がむすびの地だけに『おくのほそ道』の全体が紹介できる。ぜひ来館を」と、呼びかける。


芭蕉館を訪れた夫婦に展示物の
説明をする山崎さん(右)
 「記念館」がオープンしたのは2012年4月8日。芭蕉や『おくのほそ道』に関する資料が展示してあるほか、3D映像が見られる「芭蕉館」をはじめ、大垣の先賢たちの偉業を紹介する「先賢館」、全国の芭蕉関連情報などが集められた「観光・交流館」がある。俳句ブームもあってか、国内だけでなく海外からも多くの人が訪れ、芭蕉の足跡に触れている。昨年5月には入館者が100万人を突破、今年5月末には125万人を超えた。オープンした年の暮れには天皇皇后両陛下も行幸啓され、館内を見て回られた。山崎さんら、同記念館の学芸員3人は、大垣市教育委員会の職員。来館者に芭蕉や展示物の解説をするほか、企画展の準備をする。企画展は、昨年まで毎年春に「芭蕉の真筆でたどる『奥の細道』」シリーズを5回開催。今年春には「真筆でたどる芭蕉の生涯」を開催。今後、シリーズ化していく予定。さらに、7月15日からは「博士のまち・大垣」の第3弾として、大垣市出身で世界初の地震学教授で理学博士・関谷清景の生涯を紹介する企画展が始まる(8月27日まで)。


大垣市奥の細道むすびの地記念館
=同市船町
 芭蕉は伊賀上野(現・三重県伊賀市)出身。蕉風という芸術性の高い句風を確立した俳諧師。『おくのほそ道』は、46歳の春から秋にかけての旅の体験に基づく紀行文学作品。元禄2(1689)年、江戸から奥羽、北陸を経て美濃に至る約150日間2400キロメートルに及ぶ紀行だ。むすびの地となった大垣では「蛤(はまぐり)のふたみにわかれ行(ゆく)秋ぞ」の句を残し、伊勢に向かっている。山崎さんは「俳句は人と人を結びつけるツール、手段。俳句を通じて人が集まる。江戸時代には、商売を円滑にするための手段にもなっていた。句会の席では庶民も武士も一緒。身分を超えて行われた」と解説。さらに「芭蕉は俳句の神様とか俳聖と呼ばれることがあるが、芭蕉の残した手紙や作品などを読むと、実際の姿は人間味の豊かな人だった。旅に出ても立派な宿でなく、地元の人の家に泊まりお礼に直筆の短冊などをプレゼントするなど、人間味のあふれる俳人だった。大垣には同じ師匠から京都で俳句を学んだ谷木因とのつながりがきっかけで訪れるようになった」と、説明する。


天皇皇后両陛下行幸啓記念碑
=記念館前
 「企画展の準備は大変。図録の原稿やパネルの文章を書くほか、記念館にあるものだけでなく、どれだけ他から借りてこられるかも試される。公的機関以外の個人が所有する資料を借りられるかが、学芸員の腕のみせどころ。記念館を訪れた人たちに、芭蕉の真筆を見てもらいたい。幸い、大垣市は爐爐垢咾涼廊瓠N垢療喘罎涼呂世函⊆茲蠑紊欧砲くてもここは『おくのほそ道』の全体を紹介できる施設という強みがあります。これからも強みを生かして芭蕉の生涯にわたる企画展を続けていきたい。多くの人に分かり易く説明できる学芸員として勉強を続けなくては」と、山崎さん。
2017.07.03(子林 光和)

今回の西美濃な人

山崎 和真(やまざき かずま)

 千葉県茂原市出身。中央大学大学院修了。日本史学専攻。専門は、江戸時代の旗本の研究といい、岐阜県大垣市の学芸員採用試験前日には、同市上石津町の旗本・高木家の陣屋跡にも出かけている。「山崎扇遠(やまざきせんえん)」の俳号を持ち、名刺には芭蕉の句をもじった「居間たのし奉行のもてる鍋のふた」の一句が書かれている。「好きな仕事に恵まれて、今は不健康な生活を送っている」と言うが、高校時代は硬式野球部に所属。大学時代もサークルに入っていたスポーツマンでもある。大垣市築捨町在住。


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