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※掲載内容は本特集リリース時期(2012年8月10日更新)の情報です。内容が変更となる場合がありますので、事前に必ずお問合せください。あらかじめご了承ください。

大垣の魅力を再発見!先賢のゆかりの地に行ってみよう!

 夏休みと言えば「自由研究」!
 学生のころ、長い夏休みを利用して何を調べようかと胸をはずませたのを覚えています。
 夏休み真っただ中の今回、自由研究のきっかけになればと「大垣の先賢」をテーマに郷土の「先賢のゆかりの地」を大特集!
 親子でゆかりの地をまわりながら、先賢の功績を知ることにより大垣の魅力を再発見してみてはいかがでしょうか♪
 また、今年4月にオープンした「大垣市奥の細道むすびの地記念館」には、先賢にまつわる情報がたくさんありますので、こちらも合わせてご紹介します。

江馬えま蘭斎らんさい
延享4年〜天保9年(1947〜1838)

大阪・京都よりも早くに美濃に西洋医学を広めた医師

美濃にとどまらぬ名声を博した蘭方医

 伝馬町で版木彫を職業としていた鷲見荘蔵わしみしょうぞうの長男として生まれました。大垣藩侍医江馬元澄えまもとずみ初代春齢しゅんれいの養子となり、医学の道に入りました。名は元恭げんきょう、通称春齢(二代)、号は好蘭斎こうらんさい蘭斎といいました。養父を師とし、漢方医として活躍しましたが、四十六歳で蘭学を志し、江戸で前野良沢まえのりょうたく杉田玄白すぎたげんぱくに学び、大阪・京都などより早く美濃に西洋医学を広めましました。患者には優しく接し、自身には厳しくを方針として、すずりの水さえも井戸水を使わずに、雨水を溜めて使っていたといわれています。すぐれた才能を持つ蘭斎は、日々学問にはげみ、蘭学塾「好蘭堂」を設立し、たくさんの弟子を育てて世に送りだしました。

ゆかりの地

蘭学塾跡の写真
江馬蘭斎 蘭学塾(好蘭堂)跡
藤江町2
ここは寛政7年(1795)に私が開いた蘭学塾で多くの門人に蘭学を教えた地です。娘の細香の書斎である湘夢書屋も江馬家邸内にありましたよ。
先賢マップ 1
蘭斎・細香の墓の写真
蘭斎・細香の墓
藤江町2-148(禅桂寺)
私たち父娘の墓は、藤江町禅桂寺内に並んで建立されています。私は天保9年(1838)没享年92歳。娘の細香は文久元年(1861)没 享年75歳。
先賢マップ 2

飯沼いいぬま慾斎よくさい
天明3年〜慶応元年(1783〜1865)

植物図鑑「草木図説」を完成させ、人体解剖や予防接種の研究にも取り組む。

本草学から植物学への道を拓いた先駆者

 新町の町年寄まちどしよりであった西村信左衛門にしむらしんざえもんの二男として伊勢亀山(三重県亀山市)で生まれました。幼い頃から勉強にはげみ、母方の実家竹島町の飯沼定九郎いいぬまさだくろうを頼り、その弟で俵町の町医飯沼長顕(初代龍夫)のもとで儒学じゅがく・医学の勉強にはげみました。のちに長顕の娘と結婚し、二代龍夫として飯沼家を継ぐと、江戸で蘭方医学らんぽういがくを学び、大変な評判となりました。医業を義弟に任し、現在の長松町に平林荘を築いて隠退いんたいした後は、30年ほど自然科学の研究に熱中します。日本で最初の体系的な植物図鑑「草木図説そうもくずせつ」をあらわし、日本の近代植物学の基礎を築きました。また、人体解剖、予防接種である種痘しゅとう、写真術の研究などにも取り組みました。

ゆかりの地

飯沼慾斎邸跡の写真
飯沼慾斎邸跡
俵町
ここは、私・飯沼慾斎が12歳のときに学問を志して門を叩いた、大垣俵町の町医・飯沼長顕の邸跡だ。 のちに私が長顕の跡を継いたので、私はここで蘭方医として活躍したのだ。
先賢マップ 3
解剖の地の写真
解剖の地
本今町1066付近
ここは、私が藩の許可を得て、門人浅野恒進とともに美濃国で初めて刑死体解剖を行った今村墓地だ。
先賢マップ 4
平林荘跡の写真
平林荘跡(県指定史跡)
長松町757-1
ここは、私が晩年を送った隠居所である。植物学の研究に専念した研究所でもあるのだ。
先賢マップ 5
平林荘門の写真
平林荘門(市指定文化財)
長松町757-1
この門は、大垣城清水口門を移築したものだ。
先賢マップ 6
顕彰碑の写真
顕彰碑
大垣公園内
明治38年(1905)11月3日、私の門人たちにより建立された。この碑文は、わたしの友人、伊藤圭介によるものだな。
先賢マップ 7

梁川やながわ星巌せいがん
寛政元年〜安政5年(1789〜1858)

幕末の漢詩の世界で活躍し、全国に名を馳せた詩人

江戸の漢詩壇の中心的に存在

 現在の曽根町に生まれ、幼いころから華渓寺かけいじ住職太随和尚たいずいおしょうに歴史や詩文しぶんを学びました。江戸で学んだのち大垣で、私塾「梨花村草舎りかそんそうしゃ」を開きます。妻の紅蘭との五年にわたる西国さいごくの旅を終えて、江戸お玉が池に「玉池吟社ぎょくちぎんしゃ」を開き、詩人たちの中心人物となりました。また、藤田東湖ふじたとこう佐久間象山さくましょうざんらと交流して、社会のさまざまな出来事に関心を持ちました。のちに京都鴨川畔に場所を移し、国に尽くす勤王きんのうの中心人物となりました。当時、京都で流行したコレラにかかり没し、その直後に「安政の大獄」が起こったため、世間からは「死(詩)に上手」といわれました。

ゆかりの地

華渓寺の写真
華渓寺
曽根町町1-772-1
わしの師匠、太随和尚が住職を務めた寺じゃ。
境内には顕彰碑も建立されておるぞ。
先賢マップ 8
庚申像の写真
庚申像(市指定民族文化財)
華渓寺内
12歳のときに亡くなった両親の供養のために、ワシが建立した像じゃ。
台座をよく見るがよい。正面に、見ざる・聞かざる・言わざるの3猿が刻まれておるぞ。
先賢マップ 9
梁川星巌記念館の写真
梁川星巌記念館
華渓寺内
華渓寺の境内にある資料館じゃ。
華渓寺を参拝したら、ぜひここにも寄ってみるがよい。
先賢マップ 10
梁川星巌邸跡の写真
梁川星巌邸跡(市指定史跡)
曽根町
わしがうまれた場所じゃ。
寛政元年(1789)、曽根村(今の曽根町)の豪農、稲津長高の長男としてこの地にうまれたのじゃ。
先賢マップ 11



江馬えま細香さいこう
天明7年〜文久元年(1787〜1861)

頼山陽に師事、優雅な詩や画で才能を発揮した。鉄心や星巌とも交流があった。

画にもすぐれた女流詩人

 大垣藩主戸田氏教うじのり侍医じい江馬蘭斎えまらんさいの長女として生まれました。名を多保たほ、字を細香、号を湘夢しょうむといいました。幼い頃より書画の才能を発揮し、京都のぎょくりん和尚おしょう(後に永観堂住職)に墨竹画ぼくちくがを学び、その後、浦上春琴うらがみしゅんきんの教えを受けて南宋画なんしゅうがも学びました。父の蘭斎を訪ねた儒者・詩人として有名たっだ頼山陽らいさんように入門した後は、詩文・書画ともに大きな影響を受けて尊敬しました。美濃の文人ともさかんに交流し、梁川星巌・紅蘭夫妻ら頼山陽の門下生と「白鴎社はくおうしゃ」を、小原鉄心らとともに「咬菜社こうさいしゃ」を結成した。

ゆかりの地

退筆塚の写真
退筆塚
赤坂町756-1
これは、わたしの詩友、小原鉄心たちがわたしの死を悼んで建立してくれた碑よ。
生前、わたしが愛用した筆なども埋められているわ。
先賢マップ 12
「冬夜」詩碑の写真
「冬夜」詩碑
スイトピアセンター内
わたしが父の蘭斎とともに学問に励む様子を詠んだ漢詩「冬夜」が刻まれているの。
スイトピアセンターにピッタリでしょ。
先賢マップ 13
実相寺の写真
実相寺
伝馬町32
ここは、梁川星巌たちと結成した漢詩結社「白鴎社」の集会が行われた場所よ。
先賢マップ 14

小原おはら鉄心てっしん
文化14年〜明治5年(1817〜1872)

幕末の大垣藩を導いたリーダー

藩の財政や軍制の改革に取組み、維新の動乱期を見事に乗り切らせた人物

 大垣藩士小原忠行の長男として生まれました。藩老として大垣藩の財政・軍政改革を推進しました。ペリー来航時は浦賀に出兵して、禁門の変の時には、御所を守りました。明治新政府のもとで参与となり、大垣藩の大参事となりました。鳥羽伏見の戦いでは、子忠迪が幕府軍の先鋒となり砲を発したが、時勢を説き、激論の末に藩論を勤王きんのうに統一しました。一方で文雅風流ぶんがふうりゅうを好み、林村(現・林町)に別荘「無何有荘むかゆそう」を構えて、東西の志士や学者、文人と詩文や国について論じました。梅をこよなく愛し、酒を好み、酔いにまかせて筆をふるった話はよく知られています。

ゆかりの地

小原鉄心の墓の写真
小原鉄心の墓(市指定史跡)
船町2-21 全昌寺
ここは私の墓だな。明治5年(1872)4月15日、私は人生を終えた。56歳だった。
先賢マップ 15
小原鉄心邸跡の写真
小原鉄心邸跡(市指定史跡)
郭町1
私は文化14年(1817)11月3日、ここ小原邸で生まれた。
この邸は当時大垣城郭内にあって、1,000坪の広大な屋敷構えだったのだ。
先賢マップ 16
岡山盟約の地の写真
鉄心・研山 岡山盟約の地(市指定史跡)
赤坂町756-1
私は、盟友の大垣藩士 鳥居研山と、国家のために尽くすことを誓い合った。
ここには私たち両名の碑が建立されているぞ。
先賢マップ 17
無何有荘跡の写真
無何有荘跡(市指定史跡)
林町4
ここは私の別荘の跡だ。安政3年(1856)の冬に、現在の林町に作ったのだ。
復元された無何有荘は、大垣市船町に建てられているぞ。
先賢マップ 18

先賢ゆかりの地マップ

先賢ゆかりの地マップ

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特集
Page 1
・江馬蘭斎
・飯沼慾斎
・梁川星巌
・江馬細香
・小原鉄心
Page 2
・「大垣市奥の細道むすびの地記念館」に行ってみよう!
・大垣の歴史をもっと知りたい!
・西美濃スタッフおすすめ!「大垣つれづれ」
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