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■大垣つれづれ
◇江馬細香生誕230年
 先月、鉄心会主催の小原鉄心生誕200年を記念する催しが大垣であった。鉄心と交遊があった江馬細香は天明7年(1787)の生まれで鉄心の30歳年上。それゆえ今年は細香の生誕230年でもある。毎月記すこのコラムもこれで95回目、これまで5回、細香に触れている。その最初のとき、大垣からの誘いを受けるか迷う私を後押ししたのは、そこが江馬細香の故郷であるという認識だったと記した。鉄心やその周辺の文人たちを知ったのも、きっかけは細香である。梁川星巌やその妻紅蘭、あるいは頼山陽にかかわる西濃の人々の存在も、知識としてはあったものの、大垣という現実の土地に繋がるイメージは無かった。それが一挙に具体化したのは、大垣に居を移してすぐ、細香と父蘭斎の墓が並ぶ東海道線脇の禅桂寺を訪れたときである。当時は墓地の整理前で、細香による蘭斎の墓誌銘や後藤松陰による細香のそれを間近に見ることが出来て嬉しかった。細香の詩に最初、まとまって触れたのは、徳富蘇峰が作った山陽批正の朱が入った細香詩稿(天保元・2年分=1830−31)の丁寧な複製(1928民友社刊・300部限定)と、大垣市文化財協会が制作した明治4年(1871)刊の詩集『湘夢遺稿』の複製本だと思う。大西巨人の大作『神聖喜劇』における細香の詩の突然の引用に驚いたのは、たしか少し後のことである。あるとき気が付いたら、細香の清冽な詩句の虜になっていた。
 そういえば細香の記念祭がこれまで行われなかった訳では無い。1960年に大垣市文化財協会が中心になって没後百年祭が行われている。10月23日に禅桂寺で法要と座談会が行われ、副会長の三輪広吉氏が細香の生涯について講話をされている。大垣城で遺墨遺品の展覧も行なわれ、アルバムや絵葉書なども制作されている。それまでにも伊藤信氏による詳しい研究などがあったものの、この行事はたくさんの人々があらためて細香の仕事の大きさを知るきっかけになったようだ。この百年祭に際して『湘夢遺稿』の復刻がなされたのは特筆すべきであろう。いまは門(かど)玲子氏のご努力で訳注付きの活字本をひもとくことが出来るが、それまでは明治4年刊の元版か、200部限定のこの復刻版を入手するしかなかったのだ。私が古書店で見つけた復刻版にはびっしり全ページに書き込みがあり、『遺稿』の勉強会があったらしいことが分かる。このあと1979年11月の後半、大垣市文化会館で「蘭斎と細香」展が開かれたときも、細香への関心が集まるひとつのエポックになったようだ。細香研究に大きな功績を挙げられた門氏が著され、その後、何回も版を重ねている細香の伝記小説の初版も、この展覧に合わせて刊行されている。ただ顕彰会というと、対象はまず男性である。大垣でも、星巌に所郁太郎、それに鉄心が加わりそうだ。朝日新聞の記者で以前、この辺りを担当しておられた高岡喜良氏に最近お会いすることがあって、詩人の茨木(いばらき)のり子の研究会が、彼女とかかわりが深い山形県の鶴岡と愛知県の西尾とで活発に活動していることをお教えいただいた。大垣も細香や紅蘭といった女性詩人を輩出しているのにと、細香ファンのひとりとしてちょっと言ってみたくなる。
2017.12.25

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