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■大垣つれづれ
◇長良川の大洪水
 大雨があるたびに各地でいたましい災害が起きるのはこの風土の哀しい常である。12世紀初めの編集と考えられる『今昔物語』にも大洪水の話が出て来る。有名なのは大雨に高潮が重なった淀川の氾濫の話で、ある法師の家が流され、可愛がっていた5,6歳の男の子と年老いた母の双方が溺れかかってしまう。二人をともに助けるのは無理なので、迷いに迷った法師は妻が居るから子供はまたつくれると考えて母の方を救う。妻はその選択をなじるが、彼の苦悩を知る仏様のご加護で、子どもも別のひとに助けられ、家族全員の無事を喜ぶというハッピーエンドの話である。これは巻19の本朝仏法部に載っているが、もうひとつ、巻26の本朝世俗部に長良川の洪水の話がある。
 長良川と言っても大洪水のたびに流路を変えたこの川について、いまのどの辺りと定めるのは難しいが、美濃の国の因幡河(いなばのかわ)というからには、とりあえず長良川の話である。大雨が降ると決まって氾濫するので、川の近くに住む人たちは、そんなとき避難出来るようにと天井をしっかりと板張りの床のように造り、そこで煮炊きし食事なども出来るようにしていたという。男たちは舟を用いたり泳いだりして出歩くが、子どもや女性はこの屋根裏的な空間で過ごしたと記されている。「つし」や「づし」と呼ばれる丈の低い上階が、この時代、すでに水害時の備えとして造られていたことが分かる。さてこの因幡河が洪水に見舞われた。ある家で女性二、三人、子ども四、五人が上階に残されたが、特別しっかり造り込んであったので、柱も崩れず、まるで船さながらの姿で流されていく。高みに避難した人たちが「どうなるだろう」と言っているうちに、炊事のための火が強い風にあおられて板葺き屋根に燃え移り、どうにも助けるすべが無く、皆、落命してしまった。
 そのとき、十四、五歳の少年一人のみが運よく火を逃れて流れに身を投じた。「可哀相だがやはり水で死ぬ定めだったか」と思われたが、そこから思いがけない冒険譚がはじまることになる。流されていく少年は、たまたま手に触れた木の枝を掴む。やがて少し水かさが減ると木の股が現れて来たので、そこに腰かけ、水が引いたら降りればいいやと一晩、そのままで過ごしたが、朝になってみると、彼は十丈からの丈がある木の頂き近くに居るのだった。少年の叫び声を聞いて集まってきた人たちが網を幾重にも重ね張りしたものを拡げ、そこに仏の加護を祈りつつ飛び降りたところ、少年はしばらく気絶していたものの、やがて息を吹き返したという結末である。信じられないような話だが、マンションの13階から飛び降りて一命を取り留めた例もあるらしいから、一概に作り噺という訳にもいかない。でも長良川の下流近傍にそんな大木がある筈が無いから、これはやはり『今昔』編者の創作なのであろう。多くの尊い生命がむざむざ失われていく救いのない話を目の前にして、せめて筆の上だけでも何とかしたいという気持が働いて、この思いがけない結末に導かれたのかも知れない。
2017.4.24

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