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■大垣つれづれ
◇綺堂の怪談噺を生んだ記事
 この連載を始めたころ、岡本綺堂のとても怖い怪談噺を紹介した。「くろん坊」という題の美濃の奥山に棲む化物にまつわる話である。綺堂はその冒頭で、江戸学の祖、三田村鳶魚(えんぎょ)が編集した『未刊随筆百種』所載の「享和雑記」に出る「濃州徳山くろん坊の事」の記事が骨子になったと種明かしをしている。先日、所用あって、再び「享和雑記」の頁を繰ってこの記事を再読したところ、「原本」の物語が備える素朴な味わいが面白く、それを知ることで綺堂のプロット組立ての才もより分かるように思えたので、今回はその内容を要約してご紹介することにする。
 さして長くないこの記事の前半分は、舞台となる美濃の山奥の地理とそこでの暮らしの描写である。川の鮎はいたって美味、山の幸も豊富で、風味良い山葵(わさび)は名古屋・大垣・桑名に出荷するとある。蕎麦は取れるが、米・麦の収穫は望めず、もっぱらトチの実を常食にするという。この地の男女は色白で美男美女が多いが、美濃とは思えぬ粗い言葉遣いをするといったところで、後半の化物噺になる。
 徳山に善兵衛という木こりが居て、数十年来、奥山の木の伐り出しに従事していた。彼は猿に似て身丈大きく、色黒で長い毛に包まれたくろん坊と呼ばれる者を使っていた。人と同じに立ち歩きするこの者は人語を解し、人の心を読むこと神のごとくだったという。善兵衛になついて、その手伝いをするだけでなく、家まで附いて来て働くこともしばしばだった。この善兵衛の家の近くに30歳ほどの後家が居て、美人だったので、周りが再縁を勧めたが、そのうちに子どもが大きくなって家を継ぐからと言って、どうしても肯じなかった。ところが夜が更けて辺りが寝静まると、彼女の許に何者かがやって来て交わろうとする。夢かと思ったが現実であった。恐れる後家からこのことを聞いた村人たちが隠れて様子を見ることにした。しかしこの者は、見張りが居る夜は現れず、見張りを止めるとまた現れる。後家が代々、家に伝わる観音像に祈ったところ、これは他人頼みでは駄目、自ら事にあたらねば、というお告げであった。その夜、また彼の者が現れて、彼女が従わぬことに怒り狂い、観音像を打ち砕こうとした。そこで後家が隠し持った鎌で切りつけると、曲者は狼狽して立ち去った。村人たちが残された血痕を辿ると、それは善兵衛の家の床下を経て山奥に向かっており、そののち、もう、くろん坊が村に現れることは無かった。この化物は「やまこ」のたぐいで、この種は牝が無く、牡しかいないので、人間の女を求めて子を産ませるという。美濃飛騨のあたりは山が深いので、こうした化物も棲んでいるのだろうと言って話は終わる。
 江戸時代の享和年間、すなわち19世紀初頭の5年ばかりに、これらの話を収集した人の名は分かっていない。わずかに序文の末尾に柳川亭という雅名が知られるのみである。
2016.11.28

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