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文教協会の活動

4.海外研修


海外語学研修
☆研修の目的
  1. 英語によるコミュニケーション能力の育成
  2. 視野を広め、国際性豊かな教職員の育成
  3. 国際交流
  4. 英語授業や国際理解教育の授業の改善

平成27年度の研修
期日 平成27年7月25日(土)〜8月3日(月) 10日間
行程表 : PDF
参加者 教職員 6名
行き先 アメリカ合衆国 サンフランシスコ・バークレー
主な研修内容 ■語学研修
  1. LSIバークレー校での英語レッスン
    児童英語の指導方法
    アクティビティ
  2. ホームステイでのホストファミリーとの交流
  3. カリフォルニア大学構内見学、サマーキャンプに参加
■バークレー・サンフランシスコ視察
  1. 市内視察
  2. 公共交通機関の利用方法
  3. 自然・文化・歴史・芸術の理解

サンフランシスコ語学研修記録

<2日目:7月26日(日)>
【ホストファミリーとの1日】

 2日目は、それぞれのホストファミリーと過ごした。
 “Tiburon”という海岸沿いの町に連れて行ってもらった。そこからは、“Angel Island”という島を見ることができた。島の中には入ることができなかったが、ホストファミリーに聞くと、その島は、アメリカ軍の基地や検疫所などがあったそうだ。また、昔アジアから来た移民の入国を管理する入国管理局のようなものが置かれていたそうだ。中国人の移民が多かったようだが、日本からの移民の入国管理もしていたようだ。しかし、移民が多くなるとそこで移民の数を抑えるための施設を作り、勾留することもあったようだ。空港の入国審査しか知らないわたしにとって、昔の日本とアメリカの「玄関」を見ることができ、不思議な感じがした。島内には、今でも当時の施設は残っているそうだ。
 その後、家に帰ってからはホストファミリーの話を聞いたり、自分の話をしたりして交流を深めた。わたしのホストファミリーは老夫婦であった。カナダからの移住者で、仕事の関係でアメリカに住むようになったようだ。アメリカも好きだが、自分が生まれたカナダのことは、とても誇りに思っているということを常に言っていた。他民族が多く暮らすアメリカだからこそ、そういった気持ちがとても強いのだろうと思った。
 ホストファミリーは約20年こういった受け入れをしているとも話してくれた。80歳近くになっているのに大変ではないのかと思い、「なぜそうするのか。」と聞くと、「いろいろな人と接することがとても新鮮で楽しい。常に自分たちとは違う多種多様な文化、習慣、考え方などそういったことに接することで、新しい発見ができ得るものが大きい。だから、留学生が来るととてもワクワクする。」と答えてくれた。
 ホストファミリーと会って2日目だが、たくさん話をして、アメリカと日本の歴史的な面や、外国人と交流する意義など、多くのことを学べた。


<3日目:7月27日(月)>
【LSI初日&バークレー市内の散策】

 いよいよLSI(語学学校)に通い始める。昨日のうちに、ホストファミリーから学校までの行き方を教えてもらい、通学に使うBART(電車)のチケットも購入した。この日は朝早くに家を出て、早めにLSIに到着する予定が、私が立っていた場所は降りたい駅の開く扉が逆方向だったので、通勤ラッシュの人の中、気がついたら目的の駅を降り損ねていた。「英語がうまく話せないかもしれない」と不安でいっぱいだった気持ちも忘れ、近くにいた人に「ここはどこですか?」「〇〇で降りたいです。」と咄嗟に話かけていた。コミュニケーションの必然性に駆られると積極的になれるのだと身をもって実感した。教えてもらった駅名を路線図から探し、乗り換えて戻って結局ぎりぎりの到着。BARTの路線は分かりやすく、慣れるととても利用しやすい公共交通機関だが、初日ゆえのハプニングとなった。
 英語が専科でない私はLSI(語学学校)でのレッスンについていけるかとても心配だった。しかし、担当の先生が分かりやすく丁寧に説明したり、こちらが理解できているか確かめたりしながら授業を進めてくださったので、安心して学ぶことができた。レッスン内容は私達の希望に合わせて「intensive English Language Program」にしてもらった。小学校の外国語活動や、中学校の英語の授業で取り入れられそうな歌やゲームなどを教えていただき、私達が生徒役となって実際に体験することでその活動のおもしろさや学習の効果を学んだ。また、授業のどんな場面で活用するとよいか、互いの経験をもとに6人で意見を出し合う姿もあり、積極的に学べた。緊張でスタートしたレッスンもあっという間に終え、午前のプログラムを終えた。
 午後は、ホームステイ先やLSIがあって生活の拠点となったバークレー市内を散策した。案内はベテランの現地ガイドさん。限られた時間の中で、私達が楽しめるように様々なお店や施設に掛け合ってくださった。ケーキ屋や自転車屋、地元のスーパーマーケット、コンサートが開ける音楽ホールや街角美術館など、地元の方だからこそ知っている場所をたくさん案内していただけた。ポストの色が青色だったり、駐輪場の輪留めの形がおもしろかったり、何気なく見聞きしたものから文化の違いや共通点を見つけることができた。この日の最後は「ピーツコーヒー」で休憩。ピーツコーヒーはバークレーが発祥のコーヒー店だ。とてもカフェインが強く、朝飲むとすっきり目が覚めると地元で愛されている。この日は、おいしいピーツコーヒーを片手に帰路についた。しかし、カフェインの強さを知らずに夕方5時頃にコーヒーを飲んだ私達は、その日の夜はなかなか眠れず苦労したことも思い出のひとつだ。


<4日目:7月28日(火)>
【LSI2日目&カリフォルニア大学バークレー校】

 語学学校2日目。今日は昨日(27日)よりは23℃と少々暑い1日だった。
 まず、昨日の先生からの提案から自分たちが選んだ「授業で使える、実践的な内容のコース」について、次のような内容の学習をした。前半の授業では、1.早口言葉、2.自分の名前の頭文字を使って文章をつくる練習、3.今後の学習内容の確認 (1)聴覚(リスニング練習) (2)視覚(見る練習) (3)運動感覚(触り練習)、後半の授業では、前述の(3)運動感覚を使ったジェスチャー遊びを行った。まず、[1]You are ~ingの文を作る、次に[2]それをジェスチャー(身振り手振り)で表現、[3]音楽や動作付きでの表現練習、を実際に体を動かしながら学んだ。子どもが自主的に考えながら、実際に動く様々な実践方法が体験を通じて学べたのは大変良かった。
 午後は、語学学校から徒歩10分くらいのところにある、カリフォルニア大学バークレー校のキャンパスツアーに出かけた。広大な敷地内には5学科、約60分野以上の領域があり、建物も似た領域ごとに大きなもので圧倒され、さらには26棟の図書館があることにも驚かされた。校舎もゴシックや現代様式などさまざまな様式の建造物があり、見ていて面白かった。また、敷地内にある大きな時計台に行ったが、閉館時間の関係で見ることができなかった。しかし、ガイドの計らいで翌日に見学できることとなった。


<5日目:7月29日(水)>
【LSI3日目&サマーキャンプに参加】

 語学学校3日目。いよいよ語学学校での学習も折り返しとなった。午前中のレッスンでは、体を動かしながら単語や表現を学ぶ活動や、韻を踏んだ文章を考えて書く活動を行った。これらは、学習者の実態に応じて指示の出し方や学習環境を配慮しながら活用することで、小学校でも中学校でも用いることができそうであると感じた。
 午後からのアクティビティでは、サマーキャンプに参加し、小学校低学年程度の子どもたちと交流をした。折り紙で作った鶴を見せると、”I know this!” と興奮して一生懸命取り組もうとする子どもや、なかまかうまく折れず苦戦する子どもがいたが、教えながら一緒に完成させると、”Thank you.” と嬉しそうに答える笑顔が見られた。また、書道も大人気で、筆に墨汁をつけるところから興味深そうに見ていた。”Who wants to try it?” と訪ねると、大勢の子どもたちが手を挙げた。書き順を教えながら、手を持ち一緒に書くと、大満足の様子だった。一番の人気が、子どもたちの名前を漢字に書き換えるものだった。さらに、その文字の意味を英語で訳して書き加えると、意味が分かったようで、喜んで周りの仲間に見せていた。何にでも興味津々で、ひたむきに取り組もうとする姿は、日本の子どもたちと同じく素敵だと感じた。私たちにとっても、日本の文化に誇りをもち、それを英語で説明するよい機会となった。
 こちらでの滞在が5日目となると、交通機関の使い方にも慣れ、改めてバークレーの街並みの様子をじっくり眺めるようになった。すると、様々な人々がより過ごしやすいような、福祉面での工夫が多くあることが分かった。たとえば、車椅子の方のために、横断歩道には段差が一切ない。バスやBART(電車)の駅にも、あらゆるところにスロープや手すりが施されていた。また、自転車を持ってバスに乗る乗客のために、バスの先頭には自転車を乗せるスタンドがついていたことも驚きだった。
 このように、こちらでの生活にも慣れ、文化や施設面での日本との違いを感じた5日目となった。


<6日目:7月30日(木)>
【LSI 4日目とサンフランシスコ観光】

 語学学校へ通うのも4日目になり、BART(電車)に揺られての通学途中のラッシュアワーや、語学学校で最初に出逢う事務員の笑顔と英語での挨拶にも、少しずつ慣れてきた。登校中に交わされるハウスメイトの韓国人の青年の会話や語学学校の先生の話す英語も少し理解できるようになり、ここに来てよかったと実感することができた。
 今日も、子ども達への英語教授法を学んだ。今日は、方向を表す時に使う前置詞の学習をした。上下左右の方向を表す時に使うon、前後やまん中の方向を表す時に使うin、対角線方向で使うのはtoやfromなどと、一枚の絵を使って分かりやすく説明していただいた。その後、『Museum Visit Activity』と称し、自分だけが見た絵画について、相手に英語で説明し、相手はそれを聞きとって絵で再現した。前置詞はもちろん、形や色などたくさんの単語を使わねばうまく説明できなかった。しかし、出来上がった絵を見るとみんな笑顔いっぱいになり楽しく英語を学ぶことができた。授業におけるちょっとした工夫の大切さを改めて学ぶことができた。
 午後からは、サンフランシスコで有名な乗り物のケーブルカーに乗ってサンフランシスコ内を移動した。坂の多い市内をガタンゴトンと進むケーブルカーはレトロ感いっぱいだったが、乗ったことのない私にとってはとても新鮮だった。中心街のにぎわいや人種の多さも実感することができた。また、小高い丘に立てられたコイトタワーからの眺めも雄大で、ゴールデンゲートブリッジやアルカトラズ島などがはっきりと見えた。アメリカの大きさを実感する一時となった。


<7日目:7月31日(金)>
【語学研修の修了日】

 ホームステイ最後の朝、一緒に生活していたハウスメイトの中国からの女性とともにいつものように朝食をとった。家から続く坂道をおり、思い出いっぱいのスーツケースとともにバス乗り場へ急いだ。
 学校では、6人が小・中学校勤務の2つのチームに分かれ、今までに学んできた英語教授法(音声重視、視覚重視、触覚重視、あるいはそれらのミックス)の中から1つを選び、先生やメンバーの前でプレゼンテーションをするという最終課題が出された。小学校組はここで学習したColor SongをFood Songに応用して体全体で表現する方法やBall Toss Gameを発表した。Ball Toss Gameは、6人のグループが円陣を作り一人が"I like apples."といって別の生徒にボールを回す。受け取った生徒は "I don't like apples. But I like bananas." といって別の生徒にボールを回す。"I don't like bananas. But I like noodles."と順につなげていく、耳と口と手を用いての学習である。また、中学校組は単語から英文づくりへと発展させるゲームについて紹介した。どのチームもすべて英語での卒業発表であり、学習の成果を互いに確かめ合うことができた。
 最後の授業はあっという間に終わり、いよいよ修了式の時を迎えた。1階に下り、大勢の学習者の前で、一人ずつ「修了証書」を受け取り短い英語スピーチを行った。6人は学校スタッフの方や担当教諭のラレナ先生と記念写真を撮り、お世話になった学校に別れを告げた。
 昼は、他クラスで英語を学ぶ数カ国の生徒たちと近くの日本料理店で食事をした。久しぶりの、ちょっと中華料理にも似た日本料理だった。若い先生方は、国際交流に花を咲かせていた。
 その後は分かれて行動し、夕方ホテルに集合することになった。
 私たちは、バークレーの街を散策し、近くの小学校を見学しようということになった。もちろん、夏休み中で学校は閉鎖されており学校自体の見学は無理であった。しかし、中庭には数人の大人が見守る中、多くの小学生がバスケットをする姿を見つけたので、声をかけてインタビューをすることにした。許可を得て中庭に入ると、各国の言葉で「こんにちは」を表わす言葉がタイルのモザイクで表現したなだらかなスロープが目に入り、いろいろな国からの生徒を受け入れていることが分かった。また、大人たちは近所に住むボランティアの人たちで、いつも子どもたちを見守っているのだと、誇らしげに話してくれた。中庭には、卓球台、ビリヤード台、チェッカー台なども準備されていた。助け合いの精神や個を尊重する考えが浸透しているのを感じる貴重な訪問だった。
 語学学校で預かってもらっていたスーツケースを4時に受け取り、予約したタクシーでホテルへ向かった。ベイブリッジを渡り、サンフランシスコ市街を通り抜け、空港近くのホテルへ着いた。バスタブのあるお風呂にやっと入れるという喜びがあった。
 いよいよ明日はサンフランシスコ最後の日、寂しいが大いに楽しもう、とみんな一緒に大盛り上がりのディナーの席で決意した。



<8日目:8月1日(土)>
【ヨセミテ国立公園ツアーorサンフランシスコ市内観光】

 サンフランシスコ最後の終日フリータイムの朝、今日も霧が覆い、どんよりとしてやや肌寒い。今日は、6人全員がタクシーでサンフランシスコへ向かい、別々のコースに分かれて行動した。
 私たち3人は、世界遺産の「ヨセミテ国立公園」へのツアーに出かける計画だ。ヒルトンホテルの前で小型バスに乗り込み、日本人旅行者10人で出発した。運転手兼ガイドさんは、日本からのユーモアに富む楽しい方であった。真っ先に教えてもらったのは、華氏から摂氏への温度の換算方法だ。日本では摂氏が使われるが、アメリカでは華氏が一般的なのである。たとえば華氏91℃の場合、華氏91℃から30を引き2で割ると30.5。それに二桁目の数字3を足すと、33.5℃となるというものである。これは有効な方法である。ヨセミテまでの道のりは長く、なんとサンフランシスコ市内から時速100キロで約4時間かかる。途中車窓から見られる風景の雄大なこと。これがhill=丘というものか、これが風力発電の風車か、これがアメリカの農業か、などなど。片道4時間、車から見える風景には驚かされるばかりだ。ずっと連なる木々は、アーモンドだったり、チェリーだったり、ピスタチオだったり。また、とうもろこし畑やヤギの放牧地が広がっていたこともある。聞けばカリフォルニア州は農業が盛んで農作物には税がかからないとのこと。また、途中の街の名前の由来にはスペイン語のものが多く、かつてはメキシコ領であったことも知った。
 途中一度、野菜売りのスタンドでトイレ休憩をとり、後半の道程を行く。
 だんだんヨセミテに近づくと風景も変わり、両側に緑の木々が見られるようになった。進むと山火事で焼けた黒くすすけたまっすぐに天を指して伸びる松の木の森が見えてきた。かつて大きな山火事に見舞われた地域。2年前にも大火事があったとのこと。しかし、山火事はまた、植物の再生を促し、新しい森づくりの一助ともなっており、時には意図的に山に火を放つこともあるらしい。この日もどこかで山火事があったようで白くもやがかかっていた。
 道端には、長さ20〜30センチメートルほどもあろうかと思われる松ぼっくりがいくつも落ちており、記念にほしかったが、ここは国立公園内。何一つ持ち帰ってはいけないのだそうだ。
 いよいよヨセミテ公園の入り口に来たが大渋滞だった。両側には黒くこげた木々が残る。ガイドさんが名所へと車を進め、説明してくれた。見るものすべてが大きい。巨大である。切り立った高さ1,000mの垂直の崖は、「ザ キャプテン=酋長」。しかし、なんとその絶壁を一週間近くかけて登山する人がいるという。睡眠は、蓑虫のようにぶら下がって取るらしい。ガイドさんの勧めで岩肌の7合目付近をよく見ると、この日も登山している人を発見。まさか!でも、よく見ると確かに登山者だ。いろんな挑戦者がいるものだと感心した。
 昼食をとった場所には野生のリスや鹿が現れたり、日本では見られない黒と青の小鳥が枝に止まっていたりし、身近に野生動物を見ることもできた。レッドウッドと呼ばれる杉の木の幹の太いこと。また、ここ4年間雨がほとんど降っていないとのことで、楽しみにしていた「ヨセミテ滝」や「ブライダルベール」と呼ばれる名瀑は、水量がずいぶんと少なかった。
 ヨセミテ国立公園では数時間の滞在ではあったが、アメリカ合衆国の雄大な自然を全身で感じることができた。まさに「百聞は一見に如かず」の貴重な体験であった。
 もう一方のグループは、自転車をレンタルし、サンフランシスコ市内をサイクリングして観光を楽しんだ。海に面したサンフランシスコは、自然の美しい景色と、高層ビルが立ち並ぶ町並みの両方を兼ね備えている。海岸からは、1963年まで連邦刑務所として使われていたアルカトラズ島や、バークレーへと続く大きなベイブリッジを眺めることができた。自転車でゴールデンゲートブリッジを渡り、サウサリートに行くと、そこは訪れた多くの観光客でにぎわっていた。普段はすぐに乗れると聞いていたフェリーにはなかなか乗船できず、整理券を受け取ってから何時間も待つことになった。やっとの思いで対岸からフェリーに乗り、海を渡って再びサンフランシスコ市内に戻った。サイクリングの最中は、多くの観光客と出会い、会話を交わすことが多くあった。日本のことを知っている方や、中には日本に滞在したことがあるという方もおり、嬉しく感じた。語学学校やホストファミリーとの出会いに加え、新たに多くの人とコミュニケーションを図るよい機会となった。



平成26年度 平成25年度